Last Update : 2005.09.22

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[2005.09.22] My iPod ファミリー:4年間の総括(例によって長い前フリ)


2001年10月に初代 iPod が発売されてから、はや4年になる。
生来の「出たらポン、見たらチー」の性格が災いし、デスクトップ周りは誠にもってニギニギしさを増すばかりである。

"iPod nano" 発売を記念して、最近お見限りであった初代、第二世代にも集合をかけて、「My iPod ファミリー:4年間の総括」というのをやってみようと思う。

My iPod Family & PB17
クリックちうい=デカい(2272 x 1238 : 698KB)

「iPod」もわずか4年間という短い歴史の中で変化し、「iPod」を取り巻く社会環境や業界の状況はそれ以上に大きく変化した。社会環境や業界の状況については、「雑記雑想:iTMS Japan」や「雑記雑想:ブランド」を参照していただくとして、ここではあくまでもパーソナルな環境の変化について言及してみる。

それぞれその形態に向いた用途で実用に供しているので、自分はいったい何台持っていたんだろうかということは忘れがちになる。何台かは家族が使用しているモノもあるからだ。で、この機に全員集合して4年目の記念撮影もやってみた次第である。

1台、2台、3台...、けっこうあるなあ。(^^;)

数のかぞえ方というのも、この4年間で変化がおこっている。"iPod" や "iPod mini" までは1台、2台、で違和感ないが、 "iPod shuffle" は1本、2本だな。そうなると、 "iPod nano" はやっぱり1枚、2枚かなあ。ψ(。。)

現在のわが「iPod 艦隊」の旗艦は空母 "iPod photo" 60GB(M9586J/A)であるが、魚雷艇 "iPod shuffle"、軽巡洋艦 "iPod mini" に続いて、先日駆逐艦 "iPod nano" が2隻就航した。

とはいえ、この "iPod nano" なりこそ小さいが、その機能や性能たるや兄貴分の "iPod mini" を遥かに凌駕し、駆逐艦というよりイージス艦のようでもあり、うかうかすると旗艦の入替えという事態にもなりかねない、今日この頃である。


2005年9月現在のラインナップは以下のとおり。(クリックちうい=デカい 1760 x 1150 : 440KB)

My iPod Family

A. ALTEC LANCING iM7
B. iPod with DockConnector [M8948J/A]:第3世代30GB)
C. BOSE Companion 3(CTRL-ポッド& L-chサテライト)
D. ALTEC LANCING inMotion
E. iPod TouchWheel [M8738J/A]:第2世代20GB
F. iPod mini Dock
G. ALTEC LANCING iM3
H. iPod mini x 4 4GB [M9800-9802-9804-9806J/A]
I. iPod photo (60GB)

J. ALTEC LANCING iM7 & iM3(のリモコン)
K. iPod shuffle (1GB) [M9725J/A]
L. iPod shuffle (512MB) [M9724J/A]
M.iPod nano (4GB white) [MA005J/A]
N. iPod nano (2GB black) [MA099J/A]
O. iPod with DockConnector:第4世代20GBモック(^^);
P. iPod with DockConnector:第3世代10GBモック(^^);
Q. iPod Scroll Wheel [M8513J/A]:初代5GB x 2
R. BOSE Companion 2(R-ch)

第1世代の5GBが2台もあるのには、理由がある。「 雑記雑想:New iPod 20」にも書いたが、実はオリジナルの初代は、不幸にも盗難に遭い現在の第2世代の20GBに買い替えたわけだが、やはり自身の「iPod」の原点である「iPod(Scroll Wheel)」が手元にないのは寂しい。

そこで、「iPod mini」が国内でも販売が開始されたころ、ある知人がそれを購入するとき、それまで使用していたものが不要であるというので、譲り受けたものである。バッテリーはあやしいが、何とか可動状態にあるので、「ALTEC LANCING inMotion」との連携で、家庭内ラヂカセ(ラヂオは無いけど)として余生を送っている。

もう一台は、別の知人が海外出張中に(本人ではなく "iPod" が)不幸にも落下事故に遭い、不調になってしまったもの。「なんとかしてくれ」と私のところに持ち込んできたものの、どうにもならずその後程なく息を引き取った。(こちらも、もちろん本人ではなく "iPod" が、という意味ですので誤解の無きよう....)

「いのちあるものにはね、かぎりがあるんだよお」と引導を渡し、ちょうど発売になった「iPod shuffle」を買わせた上で、私が責任を持って成仏させるという約束で、もらい受けたという経緯である。盗人に恨みは尽きぬが、わが「iPod」も願わくば迷わず成仏してくれることを祈るばかりである。

こうして一同に並べてみると、技術の進歩もさることながら、アップルの不変のポリシーというか、頑固さのようなものを感じずにはいられない。

今にして思えば、"iPod mini" のゴールドモデル(M9437J/A)がないのが悔やまれる。Apple US で最初に "iPod mini" が発表されたときには一番魅力的に思っていた。が、その後の国内で販売に際して行われたファッション性を前面に押し出したプロモーションを見て、何となく違和感を感じ、"iPod mini" 自体に物欲がうせてしまった。

そのせいか、"iPod mini" 各モデルに食指を動かしたのは第2世代のケバいカラーになってからであったが、そのときにはもうゴールドモデルの設定は無く、結局自分自身で使用するのはシルバーという無難な選択に落ち着いている。

ひとつ、言っておこう。物事にはタイミングというものがある。買ってしまったことに対する後悔よりも買わなかったことの後悔ののほうが大きいのだということを。
ただし、これはモノに対することであり、その他の事象すべてにあてはまるわけではない。あのとき余計なこと言わなけりゃ、とか、思い切って告白したんだが、とかで後悔することは、まあよくあることで...余談である。(^^;)

使用されているハードウェア部品になどに関しては、同時代の他メーカの方が優れた部分はあるだろう。しかし、ユーザが使用する上で必要な性能は、部品のみで実現されるわけではない。

もちろん、「iPod」を語る上では「iTunes」というソフトウェアを無視することはできないが、その主な用途である「音楽を携帯して聴く」という目的に対して、ハードウェアがあるべき姿を非常によく具現化していると思う。

そういう意味では、「Palm Computing Platform」の当初のコンセプトに非常によく似ている。「iPod」単独では大したことができない、にもかかわらず、シックリ来る使用感というのは何なんだろう。

それはたいていの人の日常は「仕事以外の外出先では、大したことをしない」ということだと思う。

たとえば、毎日毎日、通勤や通学で見飽きた景色の中で時間を無駄にしていると感じていたとしても、好きな音楽でも聴ければその時間を楽しく過ごすことができれば、ひとりでちょっと時間が空いたときに、好きな音楽でも聴ければその時間を楽しく過ごすことができれば、という程度か。

それとは逆に、旅行などにゲーム機やパソコンを持っていったらどうなるか。車窓の景色を楽しむ暇も無く、時間までに報告書を仕上げるべく、悪戦苦闘をしているビジネスマンとなんらかわらない自分の姿が想像できるはずだ。

音楽を聴くことは、「ながら」でできることのひとつである。ラヂオ放送にもそういう側面があるかもしれないが、聴き方(またはその内容)によっては注意力を要する場合もある。今から30数年以上も前、深夜放送を聴きながら勉強するというのは、当時のガキどものトレンドであったがあまり勉強が捗ったようには記憶していない。深夜放送が聴けるから、机の前に座っただけで勉強自体は決して第一目的ではなかった、ような気がする。

当時の特定の中学生グループ内では「SONY IC-11」を持っていることは必修項目であり、持っていないことは罪でもあった。罪人のそしりを受けた私は親父にねだって手に入れ、やっと仲間に参加できた。しかし、「パック・イン・ミュージック」も第2部は、中坊とって時間的にかなりキツかったのだが、それが成績が落ちた原因かどうかはさだかではない...余談である(^^);。

ようするに、「ながら」でできることとはいいながら、その場合の音楽はあくまでもオマケであって、主たる目的の邪魔をしてはならない。もちろん、心地よく音楽を鑑賞ことを主目的に「iPod」とともに散歩に出かけることに問題はないが、「心地よく」は阻害されるべきではない。

この主たる目的(または手段)の邪魔をしないためには、シンプルな操作体系を注意深く吟味されたインターフェイスで実現する必要がある。

アップルがことあるごとに強調しているのは、「iPod」がミュージックプレイヤに徹しているということだ。この点ではパーム以上にシンプルだ。アドレス帳やメモにしてもあくまでも参照するだけで、入力や加筆する機能は無い。この点に不満を感じているユーザもいるようだが、Mac(または、Windows)のパソコン側で管理されているデータをミュージックプレイヤごときが修正するというのは、ある意味越権行為にほかならない。

そういえば、ソニーが以前データキャリアというコンセプトで "iPod nano" より少し大きい程度(確か "Palm Pilot" より小さかったと思う)の端末を細々と販売していた時期があったと思うが、それほど話題にもならずひっそりと店頭から消えたようだ。

当時はまだ、ソニーが「Palm Computing Platform」に参加しておらず、自社の「VAIO」専用のソフトを必要としたために、一般化しなかったではないかと思う。このようにコンセプトとしては、時として先見性のある製品を生み出すこともあるメーカだが、ツメの甘いことが災いしてここ最近ヒット商品に恵まれていないようだ。技術者としてはさぞ歯がゆい思いをしているであろうと気の毒に感じるが、ツメの甘いことがお家芸のようになってしまったのはいったい何が原因なのだろう。大きなお世話だ...ということはわかっている。

「Palm Handheld」がある時期人気があったのは、連携ソフトウェアによって凝ったことは高機能なパソコン側にまかせてデータのエッセンスを持ち運べる、という部分が大きく影響したことは間違いない。「何が必要かではなく、何が不必要か」である。

人間は欲の塊であるから、ひとつの機能を実現するともうひとつを要求するようになる。メーカは売上げを重視すれば、当初のコンセプトを曲げてでも販売量が上がる方向へ舵を取る。売れなきゃ価値はないと一刀両断に切り捨てられるわけだ。

短期的に利益が確保できれば、それで由とする中間管理職に必要以上の権限をもたせるから、開発段階でいくらごリッパなコンセプトがあろうとも、いとも簡単に歪曲されてしまう。開発責任者としてはつらいことだ。

もっと、長期的な視野に基づいた製品開発や販売戦略が立てれれば理想であるが、競争社会のなかで民主主義を貫けば、勝利への最短距離を選択することが、必ず多数意見となる。このような、現実社会で真当な製品開発を行うには、トップに立つものが独裁者やある意味神の存在であるかのような権限が必要なのかもしれない。

ただし、そのようなシステムを採用した場合はトップによほど能力がなければ、どんな大企業でも、おそらく驚くほど短時間に崩壊するであろうから、「ぢゃ明日から、そうします。」というわけにはいかないのである。

数年前のアップルもパームコピューティングも、たぶんそれに近い状況にあったんではないかと推測する。別に、ジョブスやジェフがだれも反論できないような独裁者であったろうというつもりはないが、トップを構成するボードメンバーにかなり能力と権力があり、技術者にも優れた発想と開発力があったのだろうと思う。(ま、ジョブスの場合はそうではなかったとは言い切れないが、意見や助言をする人間は多過ぎても良くないということだ)

で、そういう観点から初代「iPod」から最新の「iPod nano」までをざっと観察してみるといろいろなものが見えてくる。操作体系や技術的なウンチクは開発物語等の読み物に詳しいのでそちらに譲るが、ここでは一般ユーザとして目に見えるところや、手に触れるところからわかることを幾つか考察してみる。

...つづく。

「iPod:初代〜第3世代」(My iPod Family 2 へ)

....ということで、ヒトツよろしく。m(_^_)m
Hexagon / Okayama, Japan
(2005年 9月某日)